仏文学でフランス語を学ぼうシリーズの第三段です。今回はボードレールの詩『敵』(L’Ennemi)を読んでいきましょう!
ボードレールってどんな人?
ボードレールはパリで生まれ、パリで一生を過ごした正真正銘のパリ人です。
幼いころに、父を亡くし、母が再婚したことにひどく苦しんだようです。
非常に美術に対して鋭い感性を持っていたようで、ボードレールが最初に発表したのは、実は詩ではなく美術批評です。
エドガー・アラン・ポーに関心を抱いた彼はポー翻訳も手掛けています。
やがて彼は書き溜めてきた詩を代表作『悪の華』にまとめて発表するのですが、「風俗壊乱」であるとして起訴されてしまいます。
このように憂き目を見たボードレールですが、後世に与えた影響は絶大です。
ランボー、ヴェルレーヌ、マラルメといったフランスの象徴派詩人だけでなく、世界中の詩人に影響を与えることになります。近代詩の父との異名もあります。
『敵』の全文
『敵』は『悪の華』に収められている一作品です。ここにフランス語原文を掲載しますので、まずは一度詩を味わってください。
Ma jeunesse ne fut qu'un ténébreux orage,
Traversé çà et là par de brillants soleils;
Le tonnerre et la pluie ont fait un tel ravage,
Qu'il reste en mon jardin bien peu de fruits vermeils.
Voilà que j'ai touché l'automne des idées,
Et qu'il faut employer la pelle et les râteaux
Pour rassembler à neuf les terres inondées,
Où l'eau creuse des trous grands comme des tombeaux.
Et qui sait si les fleurs nouvelles que je rêve
Trouveront dans ce sol lavé comme une grève
Le mystique aliment qui ferait leur vigueur?
— Ô douleur! ô douleur! Le Temps mange la vie,
Et l'obscur Ennemi qui nous ronge le coeur
Du sang que nous perdons croît et se fortifie!
第一節の解読
Ma jeunesse ne fut qu'un ténébreux orage,
Traversé çà et là par de brillants soleils;
Le tonnerre et la pluie ont fait un tel ravage,
Qu'il reste en mon jardin bien peu de fruits vermeils.
例によって韻を確認しましょう。「orage, ravage」、「soleils, vermeils」がそれぞれ韻を踏んでいます。
第一句
futはêtreの単純過去形です。「ne~que」は~「~しかない」という限定を表すのでしたね。
以上のことを踏まえて訳出してみると、「私の青春は陰鬱な嵐でしかなかった」となります。
第二句
çà et là parはひとかたまりで「あちらこちらに」という意味です。訳は「輝く太陽がところどころ通り過ぎたが」としました。前の句と後の句を考えるとここは対比のニュアンスが出るように訳出すべきでしょう。
第三句
ここで大切な構文「tel~que」(あまりに~なので)が使われています。telに続くque節はこの後の第四句に出てきます。第三句は「雷と雨あまりに被害をもたらすので」とします。
第四句
il resteは非人称構文で後の名詞を受け「~が残っている」という意味です。その名詞部分がbien peu de fruits vermeilsです。peuは少量を表し、通常「わずかしかない」と訳します。さらにbienで少なさが強調されています。訳は「私の庭にはほんのわずかしか紅い木の実しか残っていない」です。
嵐によって畑の悲惨な状況が詠われていますが、注意したいのは主語はあくまでMa jeunesse(私の青春)だということです。
第二節の解読
Voilà que j'ai touché l'automne des idées,
Et qu'il faut employer la pelle et les râteaux
Pour rassembler à neuf les terres inondées,
Où l'eau creuse des trous grands comme des tombeaux.
まずは韻を確認します。
第五句
Voilà que~は提示表現で「ほら~がきた」程度の意味ですが無理に訳出しなくてもいいかもしれません。toucherという動詞は「触る」という意味ですがそこから発展させて「~にさしかかる」という訳を当てはめてみましょう。第五句を訳すと、「思索の秋がさしかかった」になります。
第六句
il faut+不定詞は基本的な構文で「~しなければならない」です。「そしてシャベルや熊手を使わなければいけない」と訳しました。
第七句
rassemblerは「(散らばったものを)集める」という意味です。ただ目的語がles terres inondéesなので少し工夫して訳出する必要があります。à neuf は「新品同様に」という意味です。訳を試みてみると、「洪水の被害を受けた土地を新しく耕すために」となります。
第八句
Oùの先行詞はles terres inondéesです。「その土地では水が墓のように大きな穴を穿っている」と訳せます。
第三節の解読
Et qui sait si les fleurs nouvelles que je rêve
Trouveront dans ce sol lavé comme une grève
Le mystique aliment qui ferait leur vigueur?
第三節では「rêve, grève」が韻を踏んでいます。
第九句
quiは主語として機能していますので、「誰が~を知っているか」というのが大枠組みです。siは「もし~」の意味ではなく、後ろにS Vが続いて「SがVかどうか」という意味になります。Vに当たる部分は次の第十句にあります。第三節はまとめて訳したほうがわかりやすいので最後にまとめてやりましょう。
第十句
Trouverontがles fleurs nouvelles que je rêveの動詞に当たる部分です。Trouverontの補語(目的語)は第十一句に現れます。
第十一句
補語はLe mystique alimentです。それに関係詞が続いて修飾されています。
第三節の修飾の部分を取り除いて分かりやすい文の形にするなら、以下のようになります。
Et qui sait si les fleurs nouvelles trouveront le mystique aliment
第三節全体の訳出をしてみましょう。「私の夢見る花々が河原のように洗い流されたこの土地でその力となる神秘の糧を見つけるだろうと誰が知っているのか(いや誰も知らない)」
第四節の解読
— Ô douleur! ô douleur! Le Temps mange la vie,
Et l'obscur Ennemi qui nous ronge le coeur
Du sang que nous perdons croît et se fortifie!
韻を確認しましょう。「vie, fortifie」が韻を踏んでいます。また、coeurは前の第三節で出てくるvigueurと韻を踏んでいます。
第十二句
「おお苦しみよ!苦しみよ!「時」が命を食らう」
第十三句
「そして目に見えない「敵」は私たちの心を蝕む」
第十四句
ここで使われている動詞はcroîtとse fortifieです。croîtは植物が成長する時に用いられる動詞です。Du sangという言葉が使われていますのでやはり植物が水分を吸収するようなイメージを重ね合わせて考えるべきでしょう。訳は「私たちが失う血を吸って成長し、肥え太る!」としました。
まとめ
ボードレールの『敵』を読んできましたが、どのような印象をお持ちになったでしょうか?
嵐によって荒廃したイメージが続きますが、そこに憂鬱さが感じ取ることができるのではないでしょうか。
また、タイトルにもなっている「敵(l’ennemi)」とは一体何を指すのか気になったのではないでしょうか。専門家の間でも議論されているようです。
ぜひじっくり考えてみてはいかがでしょうか。
ボードレールに関心を持たれた方はいろんな作品も味わってみてください。