仏文学でフランス語を学ぼうシリーズの第二段ではアポリネールの『狩の角笛(Cors de chasse)』を扱います。一緒に原文で読んで学習しましょう!
アポリネールってどんな人?
アポリネールは「現代」への扉を開いた非常に革新的な作家でした。活躍したのは20世紀のベルエポック期で、新精神を体現した人物です。
代表作は、詩の句読点を廃止した詩集『アルコール』や文字配列自体をも表現の一部とした詩集『カリグラム』がまず挙げられます。
また彼は当時の前衛美術だったキュビスムの擁護者でもあり、ピカソやブラックとも交流があります。
こうしてみると彼の人生は豊かだったように見えますが、実際はその正反対でなかなか可哀想な人生を送っています。
モナリザ盗難事件の共犯として牢獄に入れられたり、画家のローランサンをはじめ多くの女性との失恋を経験。結婚できたのも束の間、スペイン風邪にかかって亡くなってしまいます。
色々と苦労したアポリネールですが、彼の詩には人を惹きつけるものがあります。
『狩の角笛』の全文
『狩の角笛』は『アルコール』に収められている作品です。一番有名なのは『ミラボー橋』だと思いますが、それに次いで有名なのが『狩の角笛』でしょう。
まずはここにフランス語原文を掲載しますので、一度味わってみてください。
Notre histoire est noble et tragique
Comme le masque d'un tyran
Nul drame hasardeux ou magique
Aucun détail indifférent
Ne rend notre amour pathétique
Et Thomas de Quincey buvant
L'opium poison doux et chaste
A sa pauvre Anne allait rêvant
Passons passons puisque tout passe
Je me retournerai souvent
Les souvenirs sont cors de chasse
Dont meurt le bruit parmi le vent
第一節の解説
Notre histoire est noble et tragique
Comme le masque d'un tyran
Nul drame hasardeux ou magique
Aucun détail indifférent
Ne rend notre amour pathétique
まずは韻を確認しましょう。「tragique, magique, pathétique」が韻を踏んでいます。
第一句
Notre histoire est noble et tragiqueは「僕たちの物語は高貴で悲劇的だ」と直訳されます。後々詩を読んでいけば分かりますが、histoireとは「恋の物語」のことです。
第二句
Comme le masque d’un tyranは「暴君の顔つき(仮面)のように」が直訳になります。第一句につながる文です。masqueは普通「仮面」と訳されますが「顔つき」という意味もあります。個人的にはこちらの訳語の方がしっくりくる気がします。
第三句
Nul drame hasardeux ou magiqueのNulですが、名詞の前において「どんな~もない」といういみになります。drameに2つの形容詞がかかっています。「どんなに危険で不思議に満ちたドラマも」ぐらいの意味になります。
第四句
Aucun détail indifférentのAucunも第三句のNulと同じような意味で「どんな~もない」です。「取るに足らない細かいことも」と訳しておきましょう。
第五句
Ne rend notre amour pathétiqueのrendですが、「rendre A B」で「AをBにする」という意味です。rendreの主語は第三句と第四句です。Aにあたるのがnotre amourで、Bにあたるのがpathétiqueです。
つまり、「どんなに危険で不思議に満ちたドラマも、取るに足らない細かいことも私たちの愛を揺さぶるようなことはない」という意味になります。pathétiqueは「悲愴な」という意味が主ですが、ここでは「揺さぶるような(感動的な)」の意味に近いと思います。
第一句の「悲劇的」という言葉に呼応しているように思えます。
第二節の解説
Et Thomas de Quincey buvant
L'opium poison doux et chaste
A sa pauvre Anne allait rêvant
Passons passons puisque tout passe
Je me retournerai souvent
buvant, rêvant, souventが韻を踏んでいることを確認しましょう。
第六句
Thomas de Quincey(トーマス・ド・クインシー)はイギリスの評論家です。『阿片常用者の告白』という自らのアヘン中毒体験を描いた衝撃的な作品で知られます。ボードレールが愛読していました。
続くはbuvant現在分詞で「~しながら」の意味です。「トーマス・ド・クインシーは~を飲みながら」という意味になります。
第七句
第六句の「~を」の部分に当たるのが第七句です。
doux et chasteがL’opium poison を修飾する形になっています。「甘くて純潔な阿片の毒(を飲みながら)」という意味になります。
第八句
A sa pauvre Anne allait rêvantですが、まずは文を整理してみましょう。allaitの主語はAnneではなくて、第六句のThomas de Quinceyです。
つまり、Thomas de Quincey allait à sa pauvre Anneという構文になっています。詩では音語順が普段と異なることがままあります。
allaitが半過去であることから、過去の習慣を表していることが分かります。「(何度も)通ったものだった」といった訳になります。
rêvantはbuvantと同じ現在分詞で、並列関係にあると考えていいでしょう。
ここまでを整理して訳すると、「トーマス・ド・クインシーは甘くて純潔な阿片の毒を飲み、夢見ながら、アンのところへ通ったのだった」という意味です。
第九句
Passons passons puisque tout passeは「さあ行こう行こう。すべては消え去っていくのだから」くらいの解釈になります。
第十句
Je me retournerai souventは「私は何度も引き返してしまうだろうが」という意味になります。
第九句でpassons passonsと前を向こうと自分に言い聞かせている一方で、それでも引き返してしまうだろうと考えているわけですね。
第三節の解説
Les souvenirs sont cors de chasse
Dont meurt le bruit parmi le vent
韻はchasseが第九句のpasse、ventが第十句のsouventに対応していますね。
第十一句
Les souvenirs sont cors de chasseは「思い出は狩りの角笛」です。
第十二句
Dont meurt le bruit parmi le ventは文を整理してみましょう。
Dontの先行詞はcors de chasseです。文を整えると、le bruit de cors de chasse meurt parmi le ventになります。
「狩りの角笛の音は風の中に消えていく」という意味です。
したがって、第三節全体はこのように解釈できます。「思い出は風の中に消えていく狩りの角笛のようだ」
角笛が吹かれてしだいに音が小さくなっていくように、思い出もまたはかなく消えていくものだとアポリネールは詩的に表現したのですね。
まとめ
アポリネールの『狩りの角笛』を読んできました。
すべては移ろいゆく中で、愛の思い出もまたすぐに過ぎ去っていくはかないものだとアポリネールは詠っているように思えます。
彼の代表作『ミラボー橋』にも通じるものがあるのではないでしょうか。
アポリネールの作品はなかなか手に入れにくいですが、こちらに紹介する詩集は簡単に入手できます。
アポリネールの詩に関心を持たれた方はぜひ一読してみるのはいかがでしょうか。